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大阪地方裁判所 昭和54年(わ)6242号 判決

主文

被告人金国男を懲役四年に、同酒井和彦を懲役二年六月に、同張〓伊を懲役三年に、同竹田正彦を懲役一年六月に各処する

被告人金国男、同酒井和彦及び同竹田正彦に対し、未決勾留日数中各四〇〇日を、それぞれその刑に算入する。

被告人金国男から、押収してあるモデルガン二丁(昭和五五年押第二〇五号の六、同号の七)及びこげ茶サツク付登山ナイフ一本(同号の一一)を没収する。

訴訟費用のうち、証人任書河に支給した分は被告人張〓伊の負担とし、証人林ヶ谷広志に支給した分の三分の二は被告人金国男、同酒井和彦の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人四名は、林ケ谷広志及び永井景二と共謀のうえ、被告人張〓伊が任道明に対し二億八、〇〇〇万円余の貸金債権を有するかのように仮装し、右債権の取立てに藉口して同人の実弟任道福(当時五六年)を略取、監禁して同人から金員を喝取しようと企て、

一  営利の目的をもつて、昭和五四年九月二二日午後一〇時四〇分ころ、大阪市南区松屋町二一番地松屋ビル前路上において、帰宅しようとする右任道福の腹部に、被告人酒井和彦が所携のモデルガンを突きつけたうえ、被告人金国男、同酒井和彦の両名が同人の両腕を抱え込み、更に、右林ケ谷広志及び同永井景二も加わつて同人を右路上に駐車中の普通乗用自動車(大阪三三そ六九―九二)の後部座席に押し込み、被告人酒井和彦が同車を運転、疾走させて、同人を同市生野区田島一丁目一三番九号所在の被告人張〓伊の経営するホルモン料理店「きらくや」付近路上まで連行し、同日午後一一時ころ、被告人酒井和彦、右林ケ谷広志の両名が同人を両側からはさむようにして同店一階奥八畳間に連れ込み、同人を被告人らの支配下において同人を略取し、

二  同日午後一一時すぎころから同月二五日午後一一時四〇分ころまでの間、同八畳間において、右任道福に対し右林ケ谷広志、同永井景二の両名がそれぞれモデルガン(昭和五五年押第二〇五号の六及び七)を突きつけ、被告人酒井和彦が平手で顔面を殴打し、右林ケ谷広志が手拳で顔面及び頭部を殴打し、腹部を足蹴りするなどの暴行を加え、被告人金国男が「逃げ出したら殺してしまえ。」などと申し向けて脅迫するとともに、被告人酒井和彦、同竹田正彦及び右林ケ谷広志の三名が交替で同八畳間の見張りをして終始右任道福の監視を続けるなどし、同人をして同室内から脱出することを困難ならしめ、もつて同人を同所に監禁し、

三  右監禁中の同月二二日午後一一時すぎころから翌二三日午前二時ころまでの間、同八畳間において、右任道福に対し、被告人張〓伊が「あんたの兄さんに貸しがあるんや、兄さんはその金をあんたに用立てたんやからあんたからもらわんといかん。」、被告人金国男が「お前にも言い分はあるやろう。殺すのは簡単や、お前の言い分を聞いたうえで殺すか殺さんか決める。」、被告人金国男、同酒井和彦の両名が「お前一人だけじやないんや。女房や子供もあるやろう。」などとこもごも申し向けて脅迫したうえ、被告人酒井和彦が平手で頭部を殴打し、右林ケ谷広志が手拳で頭部を殴打し、右脇腹を足蹴りするなどの暴行を加えて金員を要求し、右任道福をして右要求に応じなければその生命、身体にどのような危害を加えられるかも知れない旨畏怖させ、よつて同月二五日午前九時三〇分ころ同人から前記松屋ビル四階の自宅に電話させて同人の妻葉美宋に対し、被告人らが同日付新規開設した神奈川県川崎市川崎区東田町八の一四番地大和銀行川崎支店の任道福名義の普通預金口座に三、〇〇〇万円を振込み送金されたい旨指示させ、同女らを介し同日午後一時すぎころ、大阪市南区松屋町四三番地大和銀行松屋町支店から同川崎支店の前記普通預金口座に三、〇〇〇万円を振込み入金させ、同日午後二時前ごろ右川崎支店において右入金処理を完了させて、もつて同額の財産上不法の利益を得、

第二  被告人金国男は、右任道福を略取監禁しているのを利用して、同人の安否を憂慮する同人の妻葉美宋から金員を交付させようと企て、被告人酒井和彦、同竹田正彦及び右林ケ谷広志と意思を相通じ、更に右企てを察知した被告人張〓伊とも意思を相通じてここに被告人四名は右林ケ谷広志と共謀のうえ、同月二五日午後六時三〇分ころから同日午後八時ころまでの間、二回にわたり右任道福をして前記同人の自宅に電話させて右葉美宋に対し、「山本商事の赤松という人がわしの名刺を持つて行くから現金二、〇〇〇万円を支払つてくれ。」などと申し向けさせたのち右任道福方に赴き右葉美宋に二、〇〇〇万円の交付を要求し、その際いずれも同女から「主人の顔をみなければ金は渡せません。」と泣訴されるや、右任道福の身柄と引換えに右二、〇〇〇万円を受領すべく翌二六日午前零時一五分ころ、被告人金国男、同酒井和彦の両名が右任道福を監視連行して同人方に赴くなどし、もつて被略取者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じその財物の交付を要求し、

第三  被告人金国男は、法定の除外事由がないのに、昭和四八年一〇月ころから昭和五四年九月二二日ころまでの間、大阪府東大阪市渋川町二丁目一番三五号所在の当時の自宅などにおいて、改造けん銃(SW回転弾倉式)一丁(昭和五四年押第一四五号の一)及び火薬類であるけん銃用二二口径実包四発(同号の二)を所持し、

たものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人四名の判示第一の一の所為はいずれも刑法六〇条、二二五条に、同第一の二の所為はいずれも同法六〇条、二二〇条一項に、同第一の三の所為はいずれも同法六〇条、二四九条二項に、同第二の所為はいずれも同法六〇条、二二五条の二第二項に、被告人金国男の判示第三の所為のうち、改造けん銃所持の点は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号、三条一項に、けん銃用実包所持の点は火薬類取締法五九条二号、二一条に、それぞれ該当するが、判示第一の一の営利略取と同二の監禁と同三の恐喝との間には順次手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により一罪として最も重い営利略取罪の刑で、判示第三の改造けん銃及びけん銃用実包の所持は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪の刑で、それぞれ処断することとし、各所定刑中判示第二の罪について有期懲役刑、判示第三の罪について懲役刑を選択し、被告人金国男について以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人酒井和彦、同張〓伊及び同竹田正彦について判示第一及び第二の各罪は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、被告人張〓伊については右の刑期の範囲内で、被告人酒井和彦及び同竹田正彦については、なお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号を適用して酌量減軽をした各刑期の範囲内で、被告人金国男を懲役四年に、被告人張〓伊を懲役三年に、被告人酒井和彦を懲役二年六月に、被告人竹田正彦を懲役一年六月に各処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち、被告人金国男、同酒井和彦及び同竹田正彦に対し各四〇〇日をそれぞれその刑に算入し、押収してあるモデルガン二丁(昭和五五年押第二〇五号の六及び七)は、いずれも判示第一の二の監禁の用に供した物で、又、こげ茶サツク付登山ナイフ一本(同号の一一)は判示第一の一の営利略取の用に供せんとした物で、いずれも被告人金国男以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項をそれぞれ適用してこれらを被告人金国男から没収(なお被告人金国男の不法所持にかかる改造けん銃一丁、実包四発については犯人以外の者に属しないものとは認められないので没収しない)し、訴訟費用のうち証人任書河に支給した分は刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人張〓伊の負担とし、証人林ヶ谷広志に支給した分の三分の二は同法一八一条一項本文、一八二条により被告人金国男、同酒井和彦の連帯負担とし、被告人竹田正彦の関係で生じた訴訟費用については同法一八一条一項但書を適用して同被告人に負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

第一  弁護人の主張の要旨は

一、判示第一、第二の各事実について

被告人張、同金、同酒井、同竹田の各弁護人は、本件において被告人張は真実任道明に対し総額二億八〇〇〇余万円の貸付金債権を有し、その貸付金について同人の実弟任道福がその返済義務を負つていたものであり、各被告人はいずれも任道福に対し、右債権を取立てるために本件所為に及んだものである。

二、判示第一の一の事実について、

被告人竹田の弁護人は、被告人らの目的は任道福に対する前記債権の取立であつて営利拐取罪にいう営利目的には当たらないから単に逮捕罪が成立するにとどまる。

三、判示第一の各事実について

被告人竹田の弁護人は、被告人竹田はいずれも相被告人金の指示を受け同被告人の手足として行動したに過ぎないから幇助犯が成立するに過ぎない。

四、判示第一の三の事実について

被告人金の弁護人は、本件の三、〇〇〇万円は任道福本人名義の預金口座に振込まれたに過ぎないから被告人らにおいて右預金払戻請求権を取得したとはいえず恐喝未遂罪が成立するにとどまる。

五、判示第二の事実について

(一) 被告人金、同酒井の弁護人は、本件の二、〇〇〇万円は任道福が支払を約し、その指示によつて同人の妻から受取ろうとしたに過ぎず、同女に対し、その憂慮に乗じ同女の財物の交付を要求する犯意も要求する行為に及んだ事実もない。

(二) 被告人張および同竹田の弁護人は、本件は被告人金および同酒井の犯行であり、被告人張および同竹田には右犯行について犯意も共謀関係もない。

というのである。

第二、当裁判所の判断

一、前記一および二の主張について

被告人張は公判廷および捜査官に対する供述において、本件債権は昭和二〇年から昭和三六年にかけて、当時ヒロポンや密造酒の密売等で稼いだ金員を昭和一七、八年ころ知り合つた任道明に、当初は台湾物産(バナナなど)の、後には生ゴムの各仕入れ資金として借用証をとらないまま一回に数百万円単位で貸付けた総額二億八、〇〇〇余万円であり、右貸付金のほとんどが同人の実弟任道福によつて費消されたため任道明をして任道福にその返済を請求させた結果昭和五三年一一月ころ同人が電話で任道明にその支払を約すに至つたものである旨供述しているのであるが、関係証拠によると、

1 任道明は戦前は大阪で家業の玩具商を手伝うかたわら、台湾産のバナナ、ナツメ等の仕入加工をしていたが、昭和二〇年には戦災のため大阪を離れて長野県に疎開しており、同二一年大阪に戻つてからは、もつぱら玩具商に従事し台湾物産の輸入にたずさわるようなことはなかつたこと

2 本件債権については個個の貸借を明らかにする借用証のような書面等が一切存在せず、昭和五三年一二月ころに至つて任道明の口授により被告人張の四女宮本勝美が記録した年、月と金額を示す貸付明細が存在するに過ぎず、同女自身もその貸金については被告人張から聞かされて知つているにとどまること、

3 任道明、任道福両名の父任崇栄が昭和四一年一月に死亡したのち兄弟間で財産争いが

起こり、昭和四二年八月神戸簡易裁判所で和解が成立したが、その際本件債権については全く問題とされていなかつたこと、

4 任道明は昭和五四年三月に死亡したが、被告人張はその前後を通じ同年七月ころ山本某を介し一度だけ任道福に本件債権の返済の申入れをしたことがあるだけで他に直接同人に対しその返済を請求した事実が全くないこと

の各事実が認められるのであつて、以上の各事実、とくに被告人張のいう貸金額がその当時の貨幣価値に比し巨額に過ぎること、にも拘らず一片の借用証すら存在せず、またそれを交わさなかつたというのであつて極めて不自然であることの各事実に徴すれば、被告人張の前記供述部分は容易に措信することができず、また証人任書河は前記和解成立当時任道明が被告人張に対し約二億円の負債を負い、任道福がその返済に当る旨の取決めがあつた旨供述しているけれども、同証人の供述によつても右負債の内容が明確でないうえ和解調書に和解条項として右取決めが掲記されていないことについての同証人の説明に首肯するに足りるものがないこと、右の取決めは被告人張にとつて重大な利害関係があるのに任道明からも同被告人に全く知らされていないことに徴すると措信するに値せず、他に任道福の返済義務を認めるに足りる証拠はないから被告人張の本件行為をもつて債権取立を目的とするものと解することはできない。

さらに関係証拠を総合すると、

1 被告人金は、昭和五二年ころ暴力団住吉連合系福寿会の組員となり本件当時債権取立てや会社整理等の仕事により生活していたもので、昭和五四年八月初めころ、被告人張から前記のような貸付明細書を見せられ、その貸金のいきさつ、以前に別の者に頼んで任道福から右貸金を取立てようとしたが失敗したこと、任道福が資産家であること及び通常の手段では容易に取立ができないことや同人が用心深く、めつたに外出しないこと等を説明されたうえ、右貸金債権取立のため任道福を拉致することの依頼を受け、貸金の相手方が任道明となつていることや額が過大であり借用証もないことからその真偽を疑いながら取立てた金員の半分を分け前としてもらえるといわれてこれを承諾したこと

2 そこで被告人金は、同月九日ころ、当時無職でぶらぶらしていた被告人酒井に右拉致計画を打ち明け、翌一〇日ごろ、右酒井とともに判示松屋ビル四階にある松屋ビル事務所及び任道福の自宅を確認し、その帰途右拉致計画に使用する道具として登山ナイフ一本を買い求めたうえ判示「きらくや」に赴き、酒井を被告人張に引き合わせ、ついで同月一五日ころ、当時無職で前記福寿会の組事務所に住わせ走り使いなどをさせては小づかいをやつていた被告人竹田、判示林ヶ谷及び同永井の三名を松屋ビル前に呼び寄せ、同所において右拉致計画を打ち明けたうえ、右三名と共に張込みをし、その際、右竹田、永井の両名に任道福を拉致する道具として判示のモデルガン二丁を購入準備させ、さらにその後(盆すぎころ)、当時の自宅に被告人酒井、同竹田、林ケ谷及び永井の四名を集め、あらためて右四名に対し、二億八、〇〇〇万円の貸金の取立ての依頼があり、松屋ビルの社長(任道福のこと)を拉致して依頼主の所へ連れて行くという荒つぽい危険な仕事だが、うまく金が取れれば分け前をやるという趣旨のことを告げその協力を求め、被告人酒井、同竹田の両名も右計画に協力すればかなりの分け前がもらえるものと考え林ケ谷、永井らとともに右申入れを承諾したこと

の各事実が認められるのであつて、右の事実関係、特に被告人張のいう本件債権が常識の程度を越えて高額のものであること、その取立といつてもあらかじめ計画された手段、方法が社会通念上一般に容認さるべきものではないことが明らかであること、それぞれの分け前もかなりの額が予想されていたことの事実に徴すると、被告人金、同酒井、同竹田の三名は被告人張のいう本件債権の取立てに藉口して任道福を拉致し、同人から金員を喝取するため本件犯行に及んだものと認めるのが相当であり、さすれば被告人らの意図するところが財産上の利益を得、又は得せしめることにあつたことは明らかであり、営利拐取罪が成立するといわなければならない。

二、前記三ないし五の主張について、

関係証拠を総合すると、

(一) 被告人竹田は被告人金から本件の犯行計画を打ち明けられ、被告人酒井や林ヶ谷、永井らとともに右計画に加担することになるや、同年九月三日から同月一〇日までの間被告人酒井ととも前記松屋ビルの張込みを続け、さらに同月二二日被告人張から任道福が当日姫路から帰つて来るとの電話連絡を受けた被告人金の指示によつて同被告人や被告人酒井らとともに同日夕刻ころから松屋ビル前で張込みをはじめ、その後被告人金の指示で任道福が新幹線で帰阪するのに備え新大阪駅に張込んだものの発見できなかつたためいつたん前記組事務所に帰つたが、その間に判示第一の一のとおり任道福を拉致していた被告人金からの連絡を受け翌二三日午後前記「きらくや」に至つて同被告人らと合流して以後は同月二五日午後一一時四〇分ころ同被告人が任道福を伴つて「きらくや」を出るまでの間、継続して右任道福の見張りに当り、その間「きらくや」八畳間において任道福が電話をかけた時や同人と被告人金らとの交渉の場に終始同席していたこと

(二)1 被告人金らは判示第一の三のとおりの暴行、脅迫を加えて金員を要求した結果、翌二三日午前二時半ころ、任道福をして現金三、〇〇〇万円を同月二五日に支払い、その余は額面一億円の約束手形二通を振出す旨を承諾させたのち、同日朝任道福に対し「良い物件があり、横浜に土地を見に行くが、土地の手付金として二五日に現金三、〇〇〇万円を用意するように自宅に連絡せよ。」と指示をし、その旨を同人の妻に電話をさせ、さらに同月二五日に至つて午前一時すぎころ、前記八畳間において、被告人酒井、同竹田及び林ケ谷が監視する中で、任道福に対し前記三、〇〇〇万円を後に指定する横浜の銀行に振込むことを命じるとともに、「手形はヤバイから現金にしてくれ。」などと申し向けて、同人にさきに承諾させた手形の振出の代りに更に現金二、〇〇〇万円の支払を約束させ、同日午前九時ころ右任道福をして右八畳間から同人の取引銀行及び松屋ビル事務所に金策の電話をさせ、右五、〇〇〇万円の支払準備をさせたこと、

2 被告人金らはその間に被告人張の知人の山ちやんこと崔徳三をして川崎市に出向かせ、「任」の印鑑を準備して同市内の判示大和銀行川崎支店に任道福名義の普通預金口座を開設して預金通帳を取得させ、同人から預金口座番号を知らされるや、任道福に対し同日午前一一時に三、〇〇〇万円を右川崎支店の預金口座に振込み送金するよう命じ、同人から電話連絡を受けた葉美宋を介し判示第一の三のように、右三、〇〇〇万円の振込み送金がなされ、同日午後二時前ごろ、右川崎支店において右入金処理が完了したものの前記崔徳三との間で預金引き出しのための連絡がとれないまま時間を空費し、同日午後三時すぎころようやく同人との連絡がとれたものの、すでに銀行の営業時間を過ぎており当日の預金引き出しは出来なくなつたため同人に対し引き続き同地に滞在して、翌朝銀行があきしだい右預金を引き出すよう指示していたこと、

(三)1 その間、前記八畳間においては、すでに前記のような任道福の電話連絡により大阪殖産信用金庫船場支店から任道福方に届けられていた残りの二、〇〇〇万円の受取り方についての下話が進められ、被告人竹田が被告人酒井の指示を受けて任道福の目隠しに用いる安眠マスクを買いに行つたりしていたが、その後被告人金と同酒井との間の協議で右二、〇〇〇万円を任道福方から受取つたのちに右任道福を帰宅させることにし、被告人金が同日午後六時ころ、前記八畳間において、被告人酒井、同竹田及び林ケ谷の面前で、任道福に対し、被告人金自身が山本商事の赤松弘と名乗つて任道福の自宅へ赴き、二、〇〇〇万円を受取つた後に同人を帰宅させる旨を告げ、同日午後六時半ころ、同人をして右自宅に電話させて、妻の葉美宋に「山本商事の赤松という人がわしの名刺を持つて行くから、現金二、〇〇〇万円を支払つてくれ。」と指示させ、一方被告人張は、右の被告人金と任道福とのやりとり及び電話を立ち聞きしていたうえ、被告人金が「きらくや」を出掛ける際、被告人金及び同酒井の両名に問い質して、被告人金が任道福の自宅に二、〇〇〇万円を受け取りに行くことを知つたこと

2 被告人金は、判示第二のとおり同日午後六時三〇分ころから、同日午後八時ころまでの間に二回にわたつて任道福の自宅に赴き同人の妻葉美宋に対し現金二、〇〇〇万円の交付を要求したが、その都度、すでに同月二三日朝任道福から金策の電話連絡を受けた折に同人の言葉から同人が拉致、監禁されていることを知つてその安否を憂慮していた右葉美宋から「主人は二日の夜から帰つて来ないし、きよう三、〇〇〇万円を送金した。そのうえ二、〇〇〇万円と言われても納得がいかない。主人の居所を教えて欲しい。主人の顔を見るまではお金を渡すわけにはいきません。」という趣旨のことを言われてその交付を拒否されたこと

3 そこで、被告人金は「きらくや」に引揚げ、被告人酒井と相談のうえ、任道福を同人の自宅に連れて行き、その身柄と引換えに現金二、〇〇〇万円を入手することとし、それまで任道福の監視をして来た被告人竹田及び林ケ谷に前記福寿会事務所で待機するよう指示して、右両名を「きらくや」から退出させたのち被告人金、同酒井の両名は、同日午後一一時四〇分ころ、任道福を「きらくや」から連れ出し、怪しまれないようにするため途中まで被告人張も同行したうえ付近でタクシーを拾い、任道福の自宅に向かい、翌二六日午前零時一五分ころ右自宅に到着したが、折柄、張込み中の警察官に逮捕されたこと

の各事実を認めることができる。

(四) 以上認定の事実関係、殊に

1 判示第一の各事実につき被告人竹田はあらかじめ被告人金から任道福を拉致し金員を喝取することの計画を打ち明けられ、分け前をもらえることを期待して右計画への協力を承諾していたのであり、しかも本件においては新大阪駅に張り込んでいたほか任道福を拉致した翌日の九月二三日の午後一時すぎから前記八畳間において同人の監視という監禁の実行行為を担当し、その間被告人金と任道福とのやりとり及び同人の自宅への電話の内容をほぼ把握しながらなお同人を帰宅させるまでの間右監視を続けていたのであるから、被告人竹田には判示第一の各所為について、他の被告人らとの間に、互いに相手の行為を利用して共同遂行すべき意思の合致すなわち「共謀」があつた

2 判示第一の三の事実につき、被告人らは単に任道福に現金三、〇〇〇万円の交付を約束させただけではなくその支払を受けるため崔徳三に指示して新たに任道福名義で開設させた預金口座に振込み送金させ、その結果、判示の大和銀行川崎支店においてその営業時間内に入金処理がなされ、しかも、右崔が預金通帳と印鑑とを所持して同支店付近で待機していたのであり、警察等の指示による右預金払戻差止行為があつたと認めるに足りる証拠のないことに徴すると被告人らは判示のとおり九月二五日午後二時前ごろ右三、〇〇〇万円の預金払戻請求権すなわち財産上の利益を不法に取得した

3 判示第一の一の営利略取につき、被告人金、同酒井及び林ケ谷は共同実行者、被告人張及び同竹田は共謀者であるから、右五名はいずれも「拐取者」であり、九月二二日夜帰宅するはずの任道福を三日間監禁したうえ、監禁当初に同人に交付を約束させていた現金三、〇〇〇万円とは別に、同人を釈放する代償として更に現金二、〇〇〇万円を用意させ、判示第一の三の三、〇〇〇万円の預金引き出しが困難になるや、同月二五日夕方、被告人金において、被告人酒井と意を通じ任道福をして電話で妻の葉美宋に使いの者に右現金二、〇〇〇万円を渡すよう指示させた後、被告人金が単独で、そして最後には被告人酒井も同行して任道福宅に赴き同人の使者であると称して右葉美宋に対し同女が拒否するのに再三にわたつてその保管する現金二、〇〇〇万円の交付を要求するなどした事実に徴すれば被告人金と被告人酒井は、当初抱いていた判示第一の恐喝等の犯意とは別に、任道福の安否を憂慮する葉美宋に対し同女が保管していた現金二、〇〇〇万円(みのしろ金要求罪にいわゆる「其財物」とは被拐取者の安否を憂慮する近親者等が現に所持、保管している財物をいうのであつてそれが被拐取者の所有に属するとしても「其財物」とすることを妨げるものではないと解するのが相当である)の交付を要求するという新たな犯意の下に右要求行為に出たものというべきであり、さらに被告人竹田は本件犯行計画に当初から参画したものであるうえ被告人金および同酒井の両名が任道福を同道して「きらくや」を出発する直前まで終始同人の監視に当り、その間本件二、〇〇〇万円を受取る目的で同人を同道する場合に必要な目隠しの準備に当るなどしていたことに徴し、また被告人張は被告人金らの意図を知つたうえ被告人金らが任道福と同道して出発するに際し、怪しまれないよう途中まで同行した事実に徴すると、いずれも被告人金らとの共謀関係を否定することができない

ものと各認めるのが相当であつて、右認定に反する被告人らの公判廷における各供述部分は前認定の事実関係に徴するとにわかに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の理由により、弁護人の前記各主張はいずれも採用できない。

よつて主文のとおり判決する。

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